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バショー

令和文学『疑問の雨と実績の傘』

私はどこにでもゐる、つまらぬ派遣労働者であります。とある機械の設計に携わっております。

どこにでもゐるとは申しましたが、嘗ては才気煥発、秀才と持て囃され我が国でも指折りの学府の門を叩き、そして落伍したと有れば…其れも又、かふして筆を執るにはありふれた境遇といへませう。


私は日々、上長殿から「此の図面を斯様に直してくれ給へ」云々と指図を受け、仰せの通りに直すが本分、しかし細かい所が気になるのが私の悪い癖、「此の寸法は何を以て定むるのですか」「甲の図面と乙の図面の差は何ですか」「恐れながら申しますと、統一されてなくないですか」「WTF, ココ英訳間違ってるデース!」と疑問や献言を雨霰と投げかけてしまうのです。


すると上長殿は、「雲行きが怪しいやうだが、これで君も安心だらう」と傘を取り出して仰るのです。
その傘の名を、実績と申します。


「しかし上長殿、その傘は大層な年季物ぢゃありませんか。生地は穴だらけで骨も折れてゐる」

「我々はずっとこの傘を使って来たのだよ。10年以上も前からね」

「昨日まで大丈夫だったものが、今日も大丈夫とは限りませぬ」

「では丁度今日壊れると?時間が無いのだ。もうすぐ汽車が来る、走らなければ間に合わないな。そして間に合ってしまへば何とでもなるのだ。何、私はこの道は通ったことがある。ついて来給へ」


そう言うと上長殿は土砂降りの中を走り出すのです。悪天候の中急ぐものですから、当然何度も転び膝を擦りむきます。それでも前へ進んで行けば、嫌でも駅に辿り着きます。


そして駅に着いた後は、雨が降っていたことも、傘が壊れてゐることも忘れてしまうのです。

しかし私の体に残った擦り傷は、軟弱者ゆえ治りが遅くいつまでもじくじくと私を苛むのです。


「何とか間に合ったな。ヨシ!」

「我々の衣服も客先への提出物も酷い有様です、上長殿」

「対策書を作成しなさい。二度と同じミスをしてはならない」

「傘がこれでは二進も三進も行きません」

「そもそもの話、この傘は私が作ったものではないのだ。一から作り直すなど以ての外、実のところ少し手を加えるだけでも怖いのだよ」

「見れば構造は分かります。悪い様にはいたしません。せめて当て布だけでもさせてください」

「それは助かるね。但し誰にとっても分かりよい説明資料を残し、いつでも元に戻せるやうにしておくことだ」


「それと道中に大きな水溜りがありました。何とか持ち直しましたが、あれは危険です」

「しかしあの道にはもう用が無い。次の駅へ向かわなければ」

「いつかまた我々が、若しくは他の誰かが通らないとも限りません。それに、聞けば以前この道を上長殿に同行した何某君もあの水溜りにやられたと云ふではありませんか」

「確かにそうだったかもしれぬ。では直しておいてくれ給へ。但し次の汽車に遅れることがあってはいけないよ」


斯くして私は傘に当て布をし、大きな水溜りの所に引き返し、現場を検めては更なる想定外を発掘し、四苦八苦してその対処を終えたのでした。


「件の傘の修理と水溜まりの対処が終わりました。水溜まりが出来た原因も検討がついております」

「ご苦労ご苦労」

「…あの、念の為確認していただきたいのですが」

「対処は出来たのだらう?ならば安泰だ。それとも何かまだ問題があるのかね?」


いいえ御座いませんと答えながら私は、(何かあった時は私の責任だ、兎に角資料だけはしっかり残しておこう)と密かに決意するのでした。


「あゝ君、資料は残しておいてくれよ。簡単で良いから、あまり時間をかけすぎないやうに」


そして私は次の駅へと急ぎながら考えるのです。

私はやらなくて良いことをやったのだらうか?私がやったことの価値はどこにある?私は私の成果を効果的にプレゼンすべきだらうか?しかし私のしたことは、むしろ何も知らない人を助ける類のものなのだ……


余計な考え事をしていたために、私はまたしても水溜まりに足を取られて転びます。そして立ち上がるのに要するエネルギヰは、日に日に増しているやうに感じられるのです。


――そもそも雨を降らせてゐるのは君ぢゃないか。


そうなのです。この雨は私が降らせてゐるのです。己で降らせた雨に足を取られるとは何たる滑稽。


――雨が降らなければ、傘の穴にも気付かずに済むだらう。


あゝ実績の傘よ、私は君が憎くてたまらない。君が完全に壊れてしまへば、彼らも立ち止まって考へてくれるだらうか。

しかし君が壊れて困るのは私とて同じなのだ。私も君の全ては理解出来ないのだ。無力な私の無い物ねだりだ。


――それに完璧な傘があっても、道が悪ければ、焦って走れば、君はまた転ぶ。


あゝ、若し雲一つ無い晴天の下、蒲公英さへ生えぬ混凝土の舗装路を、己のペヱスで歩むことが出来たなら。

それはきっと、大層"いきやすい"道でありませう……


























御付き合いいただき有難う御座います。

最後に、本日届いた技術系のメルマガより、英語のままだとスっと頭に入ってくるのに和訳しようとすると難しい、美しいフレーズを引用して締め括りたいと思います。


Tomorrow's smart products demand today's smart tools.

明日笑顔でいたければ、今日辞めるのが賢明だ。




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